社員第一主義が、最大限の顧客満足を生む。
「先代、先々代の時代から、会社の存在を脅かす程の大きな危機を傍らで目の当たりにしてきました」と、まずは自身の歩みについて語り始めてくださった樋口氏。「私の時代にも、リーマンショックや東日本大震災を経験し、そうした多くの危機から学んだのは“経営者1人だけでは企業は何もできない”ということ。それは、2005年の社長就任時に“社員第一主義”という理念をかがけ、日本で一番やり甲斐のある会社を目指していくことにもつながっていきます。社員が会社に誇りを持てなければ、本気で顧客を喜ばせることはできない。社員を第一に考えることが、結果的に顧客の満足につながり、ひいては会社のためにもなると私は信じています」。その思想は社員にも広く受け入れられ、誰もが積極的に自主性を発揮。新しいアイデアが次々と業務に活かされ、業績は右肩上がりだと言います。
Web活用の始まりは、
社長のひらめきと女性社員の企画力。
社員が樋口氏へアイデアを持ち寄り、大きな成果をあげた一例が「Webを活用した販路拡大」です。2008年当時、ITの知見がさほど高くなかった同氏が、若い社員が何でもWebで購入している実状に驚いたことと、ある優秀な女性社員の育休復帰のタイミングが、偶然重なったのがきっかけだったのだそう。「当社が取り扱っているのは、特殊鋼やステンレス鋼をはじめとする多様な鋼材ですが、さまざまな日用品がWebで売買されている世の中であれば、そうした鋼材でさえWebを通じて取引できるのではとひらめいたわけです。そして、そのひらめきを形にしてくれたのが育休中の女性社員でした」。樋口氏は、3ヶ月後に復帰を控えた彼女に連絡を取り、鋼材をWeb販売するプランの立案を依頼したと言います。「復帰の1週間前、彼女から受け取った緻密な企画書と見積書は見事で、ただただ驚き感心するばかりでした。これならいけるとすぐに確信しましたね」。ほどなくして彼女が復帰すると、彼女を中心としたプロジェクトチームを樋口氏は迷わず立ち上げることとなります。
社員たちの活躍が、
社長の思想まで変えていく。
育休から復帰した直後の女性社員をリーダーに、4名の女性メンバーから成るその新プロジェクトチームは「TWS(Tenhiko Web Sales)」と名付けられました。目下の目標は、海外展開に向けたWeb販売サービスの立ち上げでしたが、立ち上げるやいなや世界各国から注文が入り、樋口氏も予期せぬ程に、順調に売上を伸ばしていったと言います。「TWS立ち上げ時は15%程度だった海外貿易比率が、彼女たちのおかげで今や40%を越えるまでに拡大しました。加えて当社は現在、本社の他にタイと上海にも拠点を構えトライアングル戦略を掲げていますが、その主軸もTWSが担っています」。このことは同時に、樋口氏自身のビジネスに対する考え方にも影響を与えたのだそう。「お恥ずかしい話ですが、鉄の業界は男社会だと長年私は思い込んでいました。しかしそんな偏見は一切消え去りましたね。もはや彼女たちの存在抜きでは、天彦産業の発展はあり得ませんから」。
誰もが働きやすい環境には、
安倍首相も注目。
2014年4月、そうした女性活用の現場を視察したいと、ついには第96代内閣総理大臣 安倍晋三氏が同社を訪問することとなります。安倍内閣が「女性が輝く日本」を成長戦略の柱にしていたこともあって、女性社員5名との懇談の場では彼女たちの話に熱心に耳を傾けていたのだそう。「TWSのリーダーである彼女には“女性が活躍しづらいイメージのある鉄鋼業界になぜ飛び込んだのか”と総理が直接質問されていましたね。その問いに対する彼女の答えが印象的で、“ものづくりに関われることがただ楽しいから”という言葉でした。当社が単に女性社員の比率を増やしているだけでなく、それが彼女たち自身にとっても会社にとってもプラスになっている印象を、安倍首相にも持っていただけたのではないでしょうか。実際当社では、TWSの成功からも分かるように、業務に男女の壁を設けていません。むしろWeb部門においては女性のきめ細やかさが大いに活かされ、常に成長を続けていますね」と樋口氏は語ります。
会社の経営者は、社員全員。
樋口氏が社長就任時に掲げた社員第一主義は、ご自身の期待以上に成果を上げてきましたが、就任から10年を迎えた節目に、改めてその真意を全社員にメッセージしたと言います。「私たった1人で経営すれば、この会社はあっという間に潰れてしまう。社員全員が経営に関わることで初めて成り立つのがこの天彦産業だと言い切りました。私は大型のトラックは運転できないし、鉄板を正確に切断するスキルもない。経理の知識もまるでなければ、全業務を取り仕切ることなど到底できない。だからこそ、社員1人1人の力が必要なのだと熱弁しました。ただし、すべての責任を取るのは、社長である私の仕事。それだけは何があっても揺らぐことはないと、そう伝えましたね」。社長という立場上、ご自身ができないことを認めるのは簡単なことではありませんし、さらにそれを社員の前で宣言してしまうとは変わり者だと言われることも少なくないのだそう。「でも、一度認めてしまえば後は楽ですよ」と、同氏は軽やかに笑います。
FROM J-GoodTech
「社員第一主義」や「誰もが経営者」という特徴的なビジネス手法で、
さまざまな苦難を乗り越え、今も尚成長し続けている天彦産業。
鉄鋼業界という枠組みを超えて、見習うべき点が多くあるように思います。
同社のように、日本の中小企業には優れた技術や考え方を持った企業が多数存在していますが、
まだまだ世の中に知られていないのも事実です。
今後もジェグテックでは、このような特徴的な中小企業に焦点をあて、
より多くの方の目に触れるような活動を促進していきたいと考えております。