アメリカの中小企業の存在感は
アメリカは世界を牽引する経済大国です。一定期間内に国内で生産された財(モノ)とサービスの付加価値の合計額である国内総生産(GDP)の世界ランキングでは、トップの座を守り続けています。2023年のGDPは26兆8546億ドルでした。
経済大国アメリカにおいても、中小企業は重要な役割を果たしています。アメリカの中小企業の定義は従業員500人未満の企業です。アメリカの中小企業の数は2023年には3300万社あると見られていて、アメリカの企業総数の99.9%を占めています。また、非農業部門が生み出すGDPの約半分は中小企業によるものです。
このように、企業総数に占める割合やGDPに占める割合から考えても、アメリカの産業が脱炭素化を果たすには、中小企業の脱炭素の取り組みが欠かせないことが分かります。
アメリカの気候変動対策の変遷
ただ、アメリカの気候変動対策は、政権によって揺らいだ時期があります。気候変動対策を推進した象徴的な政策に「グリーン・ニューディール」が挙げられます。これは、2008年にリーマン・ショックが起きた後、気候変動問題と経済格差の是正を目的に、当時のバラク・オバマ大統領が推進した経済刺激策です。再生可能エネルギーの活用、温室効果ガスの排出削減、約500万人の新たな雇用創出などを掲げました。
2015年に12月にフランス・パリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で、多国間で中長期の気候変動対策に取り組むことを定めたパリ協定が採択されると、オバマ大統領は2016年9月にパリ協定を批准を宣言します。協定に沿って、2025年時点で温室効果ガスを2005年に比べて26〜28%削減する目標を表明しました。
ところが、2017年にドナルド・トランプ大統領が就任すると状況が一変します。気候変動問題に懐疑的なトランプ大統領は2019年11月にパリ協定を離脱して、世界に衝撃を与えました。パリ協定や同じく2015年に国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)などにより、世界が地球温暖化対策に乗り出す中で、世界最大の経済大国であるアメリカの気候変動対策は頓挫した形となったのです。
その後、2021年にジョー・バイデン大統領が就任したことで、アメリカは再び気候変動対策に積極的に取り組むことになります。バイデン大統領は、温室効果ガスの排出量削減目標を2030年までに2005年に比べて50〜52%に引き上げるとともに、2022年には気候変動対策に関するアメリカ史上最大の歳出法案であるインフレ削減法に署名しました。この法律によって、アメリカは2030年までに排出量を40%削減し、2050年までに排出量の実質ゼロを達成するとしたパリ協定の目標達成に向けて動き出しています。
また、トランプ大統領の時代であっても、独自の気候変動対策に取り組んできた州もあります。カリフォルニア州は1988年から取り組みを始め、電気自動車の推進や再生可能エネルギーの普及、温室効果ガスの排出量取引制度の導入など、様々な対策を進めてきました。同時にドイツ、フランス、中国などと協力関係を築いて、国際社会でもリーダーシップを発揮しています。
生産財を扱う中小企業の取り組みは
独自に気候変動対策に取り組んできたのは企業も同じです。一部の企業は政権の動きに関係なく、継続して取り組みを進めてきました。その取り組みは大企業だけでなく、サプライチェーン全体に及びます。サプライチェーンは原材料を加工し、完成品を製造し、工場や生産拠点から消費地に向けて輸送する一連の活動のことです。生産財でも多くの中小企業がサプライチェーンを担っています。
生産財を扱うアメリカの中小企業は、中国やアジアなどの賃金が低い国の企業とのグローバルでの競争や、熟練した労働者などの人材不足、事業の拡大に踏み切れないといった課題に直面しています。こうした課題を解決し、競争力を保つためにも、脱炭素やSDGsの取り組みはもはや不可欠といえます。
実際に、エネルギーの効率化に取り組む生産財の中小企業は少なくありません。エネルギー効率を向上させることは、プラントや冷暖房などの運用コスト削減に繋がるとともに、温室効果ガスの排出削減にも寄与します。また、生産財を扱う中小企業の中には、炭素を除去する技術への投資している企業もあります。
アメリカ政府によるグリーン投資はさらに進む
アメリカの中小企業の脱炭素化は、今後大きく進展すると見られています。その理由は、バイデン政権による前述のインフレ削減法に盛り込まれた、企業に対するグリーン投資です。特に生産材に関わってくる部分では、エネルギー安全保障や気候変動関連投資について、10年間で3690億ドルの支援が決まっています。
このうち、製造業に対しては、クリーン技術製造施設の投資税額控除に63億ドル、蓄電池や太陽光パネルなどの生産税額控除に306億ドル、自動車工場に対する融資や補助金に29億ドルと、10年間で合計398億ドルの支援が実施されます。
そのほかにも、バイオ燃料やクリーン水素といったクリーン燃料に234億ドル、再生可能エネルギーなどのクリーン電力に1603億ドルが支援されることになっています。インフレ削減法による支援を受けて、閉鎖された製鉄所の跡地に、新たに蓄電池の工場が操業を始めたケースもすでにあります。未来の産業をアメリカ国内で成長させていくことが大きな目的です。
日本の中小企業が参入するには
インフレ削減法による政策は、対象範囲が広く、予算の上限がありません。10年間の支援が法律が規定されていることから、今後10年間のアメリカの生産財をめぐる建設や設備投資の支出は、ここ数十年で最高額に達すると見られています。
もちろんこれらの支援や投資は、アメリカ国内で製造する企業が対象です。生産財を扱う日本の中小企業がアメリカへの参入を検討する場合には、温室効果ガス削減やエネルギーの効率化、または気候変動対策に貢献できる新たな技術を持った上で、現地の企業とのパートナーシップを模索する必要がありそうです。
アメリカでは2024年11月に大統領選が行われます。民主党からは現在大統領のジョー・バイデン氏が出馬する一方、共和党の有力候補には前大統領のドナルド・トランプ氏が挙がっています。また、無所属のロバート・ケネディ・ジュニア氏も候補に名乗りを上げていて、各州が定めた要件を満たすことができれば出馬する可能性があります。
ヨーロッパやアジアなど他の地域でも企業活動において気候変動対策が不可欠になる流れができつつあることから、仮にトランプ氏のように気候変動対策に否定的な人物が今後大統領に就任したとしても、アメリカの企業が後戻りすることは考えにくい状況です。
このように、これまで気候変動対策に後ろ向きと考えられてきたアメリカも大きく変わろうとしています。日本国内で生産財を扱う中小企業は、アメリカへの進出を検討するにしても、今後は脱炭素などクリーンな技術が主流になることを前提として考える必要がありそうです。