新しい時代の中小企業の経営者像
オープンイノベーションやエコシステムの時代に求められる中小企業の経営者像とはどういったものか、全5回の連載の最後にお伝えしたいと思います。
経営者にとって大事なことは、継続的に顧客を開拓して自社の事業の継続・発展を実現することです。しかし多くの中小企業は、事業範囲(既存顧客企業)が限られ、大きく乖離のある事業を開拓する発想は生まれにくく、また色々な面で難しい状況でもあります。オープンイノベーションの最初の一歩は、既存顧客企業との関係を再定義していくことです。その実行において経営者に必要なことは既知にとらわれない柔軟な発想です。
もちろん、既存事業からしっかりと稼ぐ「守り」も大変重要で必要なことです。「攻め」と「守り」を同時に行うことは大変難しく、大企業のように人的資源も豊富であれば、経営陣の中から適材適所でその役割を担務させることも可能ですが、人的資源に余裕がない多くの中小企業では、経営者自らいくつもの役割をこなす必要があり、なかなか実行性を持って進めることは難しいかもしれません。一方で、中小企業は大企業のように事業を広げる必要はなく、むしろ他の企業にはない「個性的」なイノベーション(技術の収益化)を目指していくことで、少ないリソースでも実行性を高めながら、進めていくことも可能です。
ここで重要なことは、他社にない自社技術と潜在的ニーズのマッチングです。潜在的な顧客企業や業界に対して、自社の技術を適用することが可能か、その発想力が最大のポイントです。そのためには繰り返しとなりますが、まず自社技術を深く知ることです。例えば、オンリーワンと考えている技術の科学的原理まで突き詰めて解明することが必要です。その自社技術の内容は、既存の顧客企業や業界に限らない汎用性を持っているか、調べることが次のステージの第一歩になります(第2回で産学連携により自社の加工技術の解析を行い、他の業界に転用した小松精機工作所の事例を参照)。
そのうえで対象となる事業分野を絞り込み、その業界におけるエコシステムの動きを研究していきます。同業・異業種の企業ネットワーク、地域の支援機関や産学連携先の大学などを通じて多くの情報を集め、自社技術の新たな展開先としての有望分野を絞り込みます。特に業界全体の動向を引っ張るリードカスタマー(キーストーン企業)の動向を精査することが重要です。そしてこの情報収集と分析を繰り返し行い、精度を高めていくことが重要です。
経済活動のグローバル化、デジタル化の進展で事業環境の変化が激しくなり、先行きが不透明になる中では、既存顧客からの要求対応を中心とした従来の企業経営では、リスクが高まるばかりです。オープンイノベーションやエコシステムが広がる世界で、中小企業の経営者に求められる資質は、より幅広い視野のなかでイノベーション戦略を立案し、実行していく能力です。そのためにはこれまでの人的ネットワークから得た情報に加えて、特許情報などの技術情報や業界情報に関するデータ分析を経営戦略に採り入れながら、新たな分野へ自社の価値を展開していくことです。テクノロジーと経営が融合化する時代において、イノベーション戦略における情報収集力と科学的な思考プロセスが中小企業の経営者にも求められています。
まずは一歩目を踏み出し、自社分析と顧客再定義から始めてみてはいかがでしょうか。
■ 第1回:オープンイノベーション=顧客企業との関係の再定義
■ 第2回:オープンイノベーションによる新事業展開
■ 第3回:エコシステムの中での技術パートナーとしての役割
■ 第4回:大企業とのオープンイノベーションの進め方
■ 第5回:新しい時代の中小企業の経営者像
元橋 一之(もとはし・かずゆき)
東京大学工学系研究科教授(技術経営戦略学専攻)
1986年に東京大学工学系研究科修士課程を修了し、通産省(経済産業省)入省。OECD勤務を経て、2002年から一橋大学イノベーションセンター助教授、2004年から東京大学先端科学技術研究センター助教授。2006年から東京大学工学系研究科教授に就任、現在に至る。経済産業研究所ファカルティフェロー、文部科学省科学技術学術政策研究所客員研究官、経団連21世紀政策研究所研究主幹を兼務。これまでに、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員研究員、パリ高等社会科学研究院ミシュランフェロー、中国華東師範大学客員教授(国家級高級研究者プログラム)などの兼務も経験。コーネル大学経営学修士、慶応大学商学博士。専門は、計量経済学、産業組織論、技術経営論。